「作られた過去」の正体──脳科学と心理学が解き明かす「虚偽記憶(False Memory)」の仕組み
「作られた過去」の正体──脳科学と心理学が解き明かす「虚偽記憶(False Memory)」の仕組み
「絶対に本当だ。自分がこの目で見たんだから」
そう信じきっていた記憶が、まるごと作りものだったとしたら、私はどう思うでしょうか。
前世療法のような退行催眠で語られる涙ながらの体験。やってもいない罪を認めてしまう冤罪事件の自白。子どもの頃の「ありもしない出来事」を、大人になってから鮮明に思い出す人たち。
これらに共通しているのは、ひとつの不都合な真実です。
私たちの記憶は、思っているよりずっと脆く、そして驚くほど簡単に書き換えられてしまう。
この現象を、心理学では「虚偽記憶(False Memory)」と呼びます。
この記事では、ビデオカメラのようには決して働かない私たちの脳が、どうやって「存在しない過去」を精巧に作り上げてしまうのか、その仕組みを脳科学と認知心理学の知見に沿って、できるだけ正確にひもといていきます。
まず、大きな誤解を捨てるところから
虚偽記憶を理解するには、最初に「記憶へのよくある勘違い」を手放す必要があります。
多くの人は、記憶をこんなふうにイメージしています。
「脳というハードディスクに、出来事が動画ファイルとして保存されている。思い出すというのは、その動画の再生ボタンを押すことだ」
気持ちはわかります。でも、現代の認知科学では、このモデルはすでに否定されています。
実際の記憶は、動画よりもジグソーパズルに近いものです。
私が何かを体験したとき、脳はその出来事を「視覚」「音」「におい」「感情」「言葉」といった細かなピースに分解して、脳のあちこちにバラバラに保管します。
そして「思い出す」とき、脳は毎回、そのピースを各所から拾い集めて、その場でパズルを組み立て直しているのです。
これを心理学では「記憶の再構成(reconstruction)」と呼びます。
ここが肝心なところです。
組み立て直す作業のたびに、別のパズルのピースが紛れ込んだり、足りないピースを脳が「たぶんこうだろう」と適当に作って埋めてしまったりする。
このエラーこそが、虚偽記憶の正体です。
つまり虚偽記憶は、特別な人にだけ起きる異常ではありません。記憶を「再生」ではなく「再構成」している以上、誰の脳でも普通に起こりうる現象なのです。
虚偽記憶を生む3つの仕組み
パズルの組み立てエラーは、主に次の3つが絡み合って起こります。
① ソース・モニタリング・エラー(情報源の取り違え)
「その記憶は、どこからやってきたのか」
この出どころ(ソース)を正しく見分ける脳の働きが、ときどき失敗します。
代表的なのが、こんな場面です。
①夢と現実の混同。リアルな夢を見た翌朝、「あれは夢だったか、本当にあったことだったか」と一瞬わからなくなる。
②他人の体験の取り込み。友人から何度も聞かされた笑い話を、いつのまにか「自分が体験したこと」として覚えてしまう。
③想像の現実化。「もしあのとき、こうしていたら」と頭の中で何度もリアルに思い描いた場面が、時間とともに「実際にやったこと」へすり替わる。
この仕組みは、記憶研究者のマーシャ・ジョンソンとキャロル・レイが1981年に提唱した「現実モニタリング(reality monitoring)」、のちの「ソース・モニタリング理論」として体系化されています。
私たちの脳は、「出来事の中身」を保存するのはとても得意です。
ところが、「それが現実なのか、想像なのか、人から聞いた話なのか」というタグ付け(出どころのメタデータ)を保存するのは、びっくりするほど苦手なのです。
中身だけが残り、ラベルが剥がれ落ちる。だから取り違えが起きます。
② 事後情報効果(あとからの情報で上書きされる)
出来事を体験した「後」に見聞きした情報によって、もとの記憶が変わってしまう現象です。
これを世界に知らしめたのが、記憶研究の第一人者エリザベス・ロフタス博士の有名な実験です。
ロフタス博士は、まず参加者に自動車事故の短い映像を見せました(1974年、共同研究者はジョン・パーマー)。
そのうえで、こう質問します。
「車が【 】したとき、どのくらいのスピードが出ていましたか?」
この【 】に入れる動詞だけを、グループごとに変えたのです。
結果は、こうなりました。みんな同じ映像を見ているのに、平均の速度の見積もりが動詞でずれていったのです。
①「激突した(smashed)」と聞かれた人 → 平均およそ40.8マイル/時
②「ぶつかった(hit)」と聞かれた人 → 平均およそ34.0マイル/時
ちなみに、その間には「衝突した」約39.3、「当たった」約38.1、「接触した」約31.8と、動詞が激しいほど数字も上がっていく、きれいな傾斜がありました。
実験はここで終わりません。続編がもっと衝撃的です。
1週間後、参加者をもう一度集めて、映像は見せずにこう尋ねました。
「割れたガラスを見ましたか?」
ところが、もとの映像には、割れたガラスなど一切映っていなかったのです。
それなのに、結果はこうでした。
①「激突した」と聞かされていたグループ → 約32%が「割れたガラスを見た」と答えた
②「ぶつかった」と聞かされていたグループ → 約14%だった
たった一語、「激突した」という強い言葉。
それが脳に新しいピースとして入り込み、記憶のパズルが「もっと激しい事故」へと組み替えられ、ありもしないガラスの破片まで生み出してしまった。
私はこの実験を知ったとき、正直ゾッとしました。質問の言葉ひとつで、人の記憶は本当に書き換わるのです。
③ スキーマによる穴埋め(思い込みで隙間を埋める)
「スキーマ」とは、私たちが人生で身につけてきた「ものごとの一般的なパターンや常識」のことです。
脳は情報の欠落をとても嫌います。だから記憶に空白があると、このスキーマを使って、勝手に隙間を埋めようとします。
これを示したのが、ブリューワーとトレイエンスの1981年の実験です。
研究者は約86人の学生を、一人ずつ「大学院生の研究室」に短時間(35秒ほど)待たせました。あとで部屋に何があったかを思い出してもらうためです。
ここがポイントです。その部屋には、本が一冊も置かれていませんでした。
ところが、思い出してもらうと、多くの学生が「本棚に本があった」と答えたのです。
「研究室=本があって当然」というスキーマが、存在しない本の記憶を作り出してしまった。
しかも面白いことに、スキーマから外れた物(頭蓋骨や木の皮など)は逆に思い出されにくく、覚えていても「机の上にあったはず」などと位置や形を都合よく作りかえる傾向まで見られました。
脳は「ありそうなもの」で空白を埋め、「ありそうにないもの」は削ってしまう。記憶とは、これほどまでに私たちの常識に染まっているのです。
言葉だけじゃない。脳は「言ってもいない単語」も思い出す
もうひとつ、自分の脳で簡単に体験できる古典的な現象を紹介します。
「DRM課題」と呼ばれるものです(ディーズ、ロディガー、マクダーモットの頭文字)。
たとえば私が、こんな単語を順番に読み上げたとします。
「糸」「枕」「とがった」「裁縫」「布」「刺す」「指ぬき」「干し草」……。
そのあと「さっき『針』という言葉はありましたか?」と聞くと、多くの人が自信たっぷりに「ありました」と答えます。
でも、「針」は一度も言っていません。
並べた単語がすべて「針」を強く連想させるため、聞いている最中に頭の中で「針」が勝手に立ち上がり、それを「実際に聞いた」と取り違えてしまうのです。
これは①の情報源の取り違えが、実験室でくっきり再現された例です。
特別な催眠も誘導もいりません。ごく普通の脳が、ごく普通に間違える。それくらい身近な現象なのです。
そして極めつけ──「ありもしない過去」をまるごと植えつけられる
ここまでは「細部の書き換え」の話でした。
では、出来事そのものを、まるごとデッチ上げることはできるのでしょうか。
答えは、残念ながら「できる」です。
ロフタス博士らが行った「ショッピングモールで迷子」研究が有名です。
研究者は参加者に、家族から聞き取ったとされる子ども時代のエピソードを4つ提示しました。そのうち1つは、まったくの作り話。「幼い頃、ショッピングモールで迷子になり、見知らぬ大人に助けられた」という、実際には起きていない出来事です。
何度か思い出すよう促されるうちに、参加者のおよそ4人に1人が、この偽の出来事を「本当にあったこと」として信じ込み、しかも自分で細部まで肉付けして語り始めました。
迷子になったときの気持ち。助けてくれた人の服装。母親に叱られた記憶。
どれも、起きていないはずの出来事です。
ここまでくると、もう「記憶違い」という言葉では足りません。脳は、信じるに足る理由さえ与えられれば、過去そのものを創作してしまうのです。
なぜ虚偽記憶は「本物そっくりにリアル」なのか
「でも、退行催眠で思い出した過去は、涙が出るほどリアルだった。あの感情が嘘なわけがない」
虚偽記憶を持つ人は、よくこう言います。
そして、それは半分正しいのです。彼らにとって、その体験は感覚として完全に本物だからです。
ここで、脳科学の知見を正確にお伝えします。元記事を含め、ここはよく誤解される部分なので、丁寧にいきますね。
「本物の記憶」と「偽の記憶」は、脳の中でほとんど見分けがつかない
fMRI(脳の活動を可視化する装置)を使った研究では、本物の記憶を思い出しているときと、偽の記憶を思い出しているときで、脳の活動の大部分が重なり合うことがわかっています。
だからこそ、思い出している本人には「これは偽物だ」という自覚がまったく生まれません。
脳の中に「これは捏造です」と知らせる警報ランプは、ついていないのです。
ここが、虚偽記憶のいちばん怖いところです。本人にとっては、本物の記憶と区別する内的な手がかりが存在しません。
ただし、わずかな「違い」はある
正確を期すために付け加えます。
研究を重ねると、本物の記憶と偽の記憶には、ほんのわずかな脳活動の違いがあることも見えてきました。
スロトニックとシャクターの研究(2004年)などによれば、本物の記憶のほうが、視覚や聴覚といった「初期の感覚を処理する脳の領域」を強く再活性化させる傾向があります。これは「感覚のサイン(sensory signature)」と呼ばれています。
実際に見聞きしたものには、生の感覚の痕跡が残っているからだ、と考えられています。
ただし、これはあくまで脳スキャナーでようやく捉えられる程度の微妙な差です。
思い出している本人が「あ、今のは感覚が薄いから偽物だな」と感じ取れるようなものでは、まったくありません。
だから元記事にあった「本物でも偽物でも脳は完全に同じように働く」という言い方は、少し言いすぎです。
正確には、こう言うべきでしょう。
「本物の記憶と偽の記憶は、脳の活動が大きく重なり合っている。だから本人には見分けがつかない。違いはあるが、それは外から精密に測ってようやくわかる程度のものだ」と。
「現実か想像か」を見張る係が、弱るとき
記憶が現実のものか、想像の産物かを区別する働きには、脳の前のほう、前頭前野(とくに内側・前部)が深く関わっていると考えられています。さきほどの①ソース・モニタリングを担う部分です。
実際、事故や脳卒中などで前頭葉が損傷すると、作話(confabulation)といって、悪気なくありもしない話を事実として語る症状が出ることが知られています。見張り役が弱ると、記憶のチェックが甘くなるわけです。
そして、この見張り役は、次のような状況で機能が落ちます。
①強いストレスや疲労を感じているとき
②時間が経ちすぎて、記憶があいまいになっているとき
③催眠やリラックス、暗示によって、批判的に考える力がゆるんでいるとき
④アルコールなどの影響下にあるとき
チェック機能が眠っているあいだは、脳が拾い上げてきた「想像や人の話が混じったパズル」に対して、ストップをかけられません。
結果として脳は、それを「まぎれもない真実」として、そのまま採用してしまうのです。
だから退行催眠は「虚偽記憶の温床」になりやすい
ここまでの仕組みを重ねると、前世療法のような退行催眠が、なぜこれほど偽の記憶を生みやすいのかがはっきり見えてきます。
①批判的思考が止まる。催眠によるリラックス状態では、現実かどうかを見張る働きが弱まる。
②強い誘導が入り込む。施術者の「その扉を開けると、何が見えますか?」「誰かに傷つけられましたか?」といった問いが、そのまま新しい記憶のピースとして組み込まれる(事後情報効果)。
③無意識の知識がまぎれ込む。昔どこかで見た映画や小説、歴史の断片を、脳が「自分の前世の体験」として引っ張り出す(情報源の取り違え)。
④脳が辻褄を合わせる。断片的なイメージをつなげるため、脳が自動的に一本のストーリーに仕立て上げる(スキーマによる穴埋め)。
この4つが同時に働くと、非常に鮮明で、ときに涙や強い感情まで伴った「作られた過去」が完成します。
つけ加えると、催眠は記憶の正確さを高めません。
研究で繰り返し示されているのは、催眠が高めるのは「その記憶への自信」と「暗示への乗りやすさ」であって、正確さではないという事実です。
自信だけが膨らみ、中身は危うい。これが多くの国で、催眠で引き出された証言を裁判で慎重に扱う理由でもあります。
1990年代には、心理療法のなかで「抑圧された記憶」を掘り起こそうとした結果、起きてもいない虐待の記憶が植えつけられ、家族が引き裂かれる事件が相次ぎました。いわゆる「記憶論争(メモリー・ウォーズ)」です。
善意の専門家であっても、誘導的な問いを重ねれば、人の過去を作りかえてしまう。これは決して他人事ではありません。
記憶の「不完全さ」は、脳の欠陥ではなく高度な能力
ここまで読むと、「自分の記憶なんて信じられない」と少し不安になるかもしれません。
でも、ここは前向きにお伝えしたいところです。
虚偽記憶は、脳の故障でも、心の病でもありません。
むしろ、健康な脳が持つ「柔軟で高度な情報処理システム」の、避けられない副作用なのです。
私たちは、いつも不完全でバラバラな情報から、素早く状況をつかみ、過去のパターンを当てはめて未来を予測しながら生きています。
そのために脳は、記憶をガチガチに固定せず、そのつど柔軟に組み立て直せる状態にしてあります。
そして、記憶が書き換え可能だからこそ、私たちは過去のつらい体験を時間とともにやわらげ、新しい環境に適応していけるのです。
記憶とは、棚にしまった完成品のビデオではありません。
いまこの瞬間も、現在進行形で描き直されつづけているキャンバスなのです。
自分の記憶と上手につき合うために
最後に、この仕組みを知ったうえで、私が大切にしたいことをまとめておきます。
①「鮮明=本物」とは限らない、と知っておく。リアルさや感情の強さは、記憶が正しい証拠にはなりません。
②大事なことは、できるだけ記録に残す。日付、メモ、写真。後からの「上書き」を防ぐ盾になります。
③誘導的な問いに気をつける。「あのとき、ひどいことをされたでしょう?」のような断定まじりの質問は、記憶を作りかえる入り口になります。
④自分の記憶も、人の記憶も、責めすぎない。記憶違いは性格の問題ではなく、脳の仕組みそのものです。
この仕組みを知っておくことは、自分のあやふやな記憶と健全につき合うための、そして怪しい心理療法による「偽のトラウマの植えつけ」から自分の心を守るための、強い盾になってくれるはずです。
私の過去は、私が思うほど確かなものではないかもしれません。
でも、その不確かさこそが、私が変わっていける余地でもあるのです。
主な参考研究
- Loftus, E. F., & Palmer, J. C. (1974). 事故映像と質問の動詞が速度の見積もりと「割れたガラス」の誤想起に与えた影響を示した古典的研究。
- Brewer, W. F., & Treyens, J. C. (1981). 研究室のスキーマが、存在しない「本」の記憶を生んだ実験。
- Loftus, E. F., & Pickrell, J. E. (1995). 「ショッピングモールで迷子」など、起きていない子ども時代の出来事を植えつけた研究。
- Deese (1959), Roediger & McDermott (1995). 提示していない単語を誤って想起するDRM課題。
- Johnson, M. K., & Raye, C. L. (1981). 現実モニタリング/ソース・モニタリング理論。
- Slotnick, S. D., & Schacter, D. L. (2004). 本物の記憶が初期感覚野を強く再活性化させる「感覚のサイン」を示した脳画像研究。

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